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05:ウェスタの森【下】


真夜中の事だった。
僕とベルルが寝付いて随分経った頃、何度か銃声が響いたのを聞いて飛び上がった。

「な、何事だ!!」

随分側で鳴り響いた気がして、窓から外を確かめる。
驚いた事に、黒尽くめの者が数人、狩猟用の銃を持ってうろうろしていた。

「ん〜……旦那様……どうしたの……?」

「ベルル、どうやら不審な者が外をうろうろしている。僕は確かめに行ってくるから、君はここで………」

と言って、少し躊躇った。彼女をここに一人置いて行く方が危ないのではないかと。

「どうしたの旦那様」

「ベルル、君は魔獣を使役していたね。あれはいつでも呼び出せるのか?」

「……うシャネル 2013 バッグ
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ん!!」

彼女はいきなり、空中に指で丸を描いた。「マルちゃん!!」と、以前見た真っ白な獣を呼び出す。

「………」

しかしあの時より随分小さかった。
というか丸い毛玉の子犬だ。

「マルちゃん小さいバージョン……」

ベルルはその子犬を抱え、ぎゅっと抱きしめる。いや可愛い絵面だ……。
ってそんな事言っている場合ではない。

「何だか前見た時より、随分小さい様だが……」

「だってこんな所で大きな姿で召還しちゃったら、お家バラバラになっちゃうわ。人間にもなれるのよ!!」

ベルルはさっきからしっぽを振っている毛玉の額を指で小突いた。
すると、毛玉はボワンと音をたて、いつの間にか見知らぬ女性に変身する。

純白の、あまり見ない造形の服を着た、つり目でスタイルの良い女性だ。
肩で切りそろえられた髪の色も濁り無く真っ白で、それはあの獣の毛並みと同じだと分かる。
また耳も獣の名残か。あの魔獣と同じ形をしていた。

「ベルル様!! もう〜なんでもっと早く呼び出してくれないのっ!!」

しかし見た目のお姉さん具合とは裏腹に、彼女はベルルを抱きしめ凄まじい勢いでベットに押し倒した。

マルはニヤニヤしながら、ベルルの頬を一度舐める。
そして、そのつり目を僕に向けた。

「ベルル様の旦那様。私はマルゴット・ブロロフィーナ。魔王に仕えていた10の魔獣の一人よ」

「あ……ああ。僕は、リノフリード・グラシスだ」

「ベルル様の旦那様が酷ーい人で、ベルル様に嫌がるあれこれを強いる男だったら、もう絶対ぶち殺して腸から食ってやろうって思ってたんだけど……良い人そうでよかったわ」

ベルルは冗談と思って笑っていたが、僕はさーと血の気が引いて行った。
美女の姿からは想像もつかない言葉が……。

僕は一度咳払いをすると、「えーと、マルゴットさん……」と切り出した。
自分は森へ行くから、ベルルを守ってくれと。
しかしその件に関して、ベルルがゴネたので僕は困る。

「旦那様あ、そんな事ならみんなで行きましょうよ。私が居るんだもの、何も危ない事なんて無いわよ。ベルル様もそれで安心でしょう?」

マルさんの提案に僕は少し躊躇ったが、大魔獣が居るのならと、三人で暗い森へ向かう事にした。
大魔獣姿のマルさんに乗って。



黒尽くめの者たちはすぐに見つかった。
今まさに鹿を撃ち殺したようで、血まみれの鹿を掴んで袋に詰め込もうとしている。

「おいお前たち!! この森で何をしている!! ここでの狩りは禁止されているはずだぞ!!」

僕は大魔獣の姿になったマルさんの上から叫んだ。

「な、何だお前達は……っ」

黒尽くめ達は僕らに驚いたと言うよりは、マルの姿に腰を抜かしす。まあ当然だ。大きな狼とでも思ったか。

僕はマルから飛び降り、持って来た杖で魔法式を描くと、男達が逃げられないよう手足に枷を取り付ける。
暗闇の方から何発か銃弾が放たれ、僕の頬をかする。

「まだ仲間が居たのか」

魔法式を書き、発光する泡を作り出す。
それらをフッと吹くと、宙へ広がって行って、辺りを明るくした。

3人程の男が、木々の向こう側から銃をこちらに向けているのが見えた。

「旦那様!!」

ベルルが僕の方に駆け寄って来た。
それを確認した男の一人が、銃をベルルに向ける。

「駄目だベルル!! こっちへ来ては……っ」

僕はとっさに、彼女を庇って地面に押し倒した。放たれた銃弾は僕の腕をかすったが、たいした事は無い。
マルさんが僕たちを飛び越え、森に潜んでいた男達を蹴散らした。食おうとしてくわえられている男も居たが、ベルルに「人を食べてはダメよ!!」と言われ、渋々そこらに転がす。

僕は立ち上がると、腕の痛みをこらえ魔法式を書き、そこらに転がっていた男達を樹と岩の枷で強制的に捕えた。
この森には素材が多いから、魔法はとても使いやすい。

「はあ………」

これで、全員か。

「旦那様旦那様!! 腕……っ」

ベルルが僕の腕の傷を気にして、オロオロとしている。

「いや……ただのかすり傷だ。大丈夫……」

「で、でも……。旦那様、私を庇って……っ」

目をうるうるとさせているベルルの頭を、怪我をしていないもう片方の手で撫でた。

「ねえちょっと……。これを見て、ベルル様、旦那様」

マルが何かに気がついたようだった。
それは黒尽くめの男達が持っていた袋。その中には、捕えた獣以外に、大きな黒い箱がある。

その箱を開けると、中からワラワラと妖精達が出て来た。

「………妖精?」

その黒い箱は、何やらとても重そうな物質で作られていた。
訳が分からない。なんでこいつらはこんな事をしているのか。

「とにかく……この事はジュラルに伝えた方が良いな。レッドバルト家の私有地で起こった事だし……。それからあとは王宮に任せておくしか無い……」

僕は腕に付けていた小さな魔法結晶の腕輪を撫で、四角い空中伝書のスペースを開き、ジェラルに魔法の伝書を送った。





まもなく朝になろうかという時、ジェラルが数人の部下を率いて森へやってきた。

「お初にお目にかかります。私はリーズオリア王国第七騎士団副団長、ジェラル・レッドバルトと申します。マダム・グラシス」

ジェラルは相変わらずの気品ある振る舞いで、ベルルに挨拶をする。
ベルルは見知らぬ男性に少々戸惑っていたが、僕の背に隠れつつ「ベルルロッド・グラシス……です」と名乗った。


ジェラルは連れて来ていた兵に命令し、その場に捕えられている黒尽くめの男達を調べさせ、物品を回収させていた。

「ここ最近、密猟者が多いとは聞いていたのだが。うちのこの森だけでは無い。他の土地でも数多く被害が出ているようだ」

「………何の為にこんな事を。それに、妖精を捕えるなんて」

「妖精狩り、と、僕ら上層部の騎士の間では言われている。何が目的なのか分かっていないが、こうやって自然の保たれた土地の生物や植物から、妖精を無理矢理追い出し捕える者達がいる。組織ぐるみの犯行だと思われているが……」

「………妖精狩り」

ベルルは不安そうに、その言葉を呟いた。彼女の周りには、森の惨状に驚き、怯えきった妖精達が集まって震えている。


その場は結局、ジェラル率いる兵達に任せる事になり、僕とベルルは色々と分からない事もあったがこのまま、グラシスの館へ戻る事になった。

もうすっかり朝だ。
ベルルも大きなあくびをしていた。

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指揮官

 カフカ率いる<特選部隊(スナックペナズ)>や護衛部隊と合流したタクム達は早速、迎撃準備に入った。

 ストライカー装甲車とシーサーペント1輌はご老公を始めとするガンマ一族護送のために使用できない。タクムは現状の戦力を洗い出した。

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■戦車
M16パットン
・105ミリ戦車砲
・ブローニングM2(12.7ミリ重機銃)

■装甲車
M1126ストライカー
・40ミリグレネードマシンガン
・ブローニングM2

■自走砲
M22シーサペント
・106ミリ無反動砲
・ブローブーツ ティンバーランド
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ニングM2

M22Bクラーケン
・20ミリチェーンガン

■歩兵戦力
 20名(鉄屑兵団:2/特選部隊:7/一般歩兵:10)+1
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 対する敵部隊は以下となる。

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■戦車
T-64×2
115ミリ滑空砲
DShK38重機関銃(12.7ミリ重機銃)

T-55×4
100ミリ戦車砲
DShK38重機関銃(12.7ミリ重機銃)

■装甲車
BMP-1×2
73ミリ低圧滑腔砲2A28
PKT機関銃(7.62ミリ)

■兵員輸送車
BTR-40×6
SG-43機関銃(7.62ミリ)

■歩兵戦力
 100名以上
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 人員は元より、戦車や戦闘車両の数でも完全に負けている。常識に照らし合わせて考えるならここは撤退すべき場面である。

「ジジイ、よくこんなんで戦おうと思ったな」
 ストライカー装甲車より飛び出してきた装甲服姿の老人に笑いかける。希代の英傑はその名前に相応しい威容の持ち主であった。二メートルはあろうかという巨躯に衣服の上からでも分かる隆々とした筋骨。見事な禿頭に褐色肌。左のコメカミから頬を縦断する刀瑕。掛けた右耳。歴戦の勇士であると疑うものはいないであろう。

「ほっほっほっ、怖気づいたか、スローター? ワシさえおればこの程度の戦力差屁でもないわ」
 衰えを感じさせないぴんと伸びた背筋、タクムをかくしゃくとした口調で言う。

「護衛対象が出てきてどうする」
「ワシはもう伯爵位から退いたからのう。守るべきは愛すべき子供等よ」
 ハッチの開いた装甲車より、心配そうな視線を投げているのはガンマ一族の子供達であった。ひ孫に当たる世代である。この偉丈夫は強面に似合わず非常に子煩悩なことで知られている。

「スプリッツ、子供等を頼んだぞ」
「お爺様こそご武運を」
 スーツ姿で言うのは現ガンマ伯であるスプリッツ・ガンマである。ガンマ都市軍司令官、カール大佐の実兄でもある人物だ。

 頭でっかちのインテリ眼鏡。タクムは心の中でそう評した。

「ハッ、現当主が老人に守られていれば世話ねえな」
「ほっほっほっ、可愛い孫に噛み付くのは止してくれ、スローターよ。職分というやつじゃ。ワシは戦場にしか居場所のない戦闘馬鹿。政治は苦手でのう、嫁等が頑張ってくれんかったらガンマは財政破綻で潰れていたじゃろうな。スプリッツもそう。戦うことは出来んが、政治屋としては大したもんじゃよ。身贔屓を除いてもな。ワシもきゃつが残っているから安心して戦場に出られるというなんじゃ」
「まあいい、なら非戦闘員はさっさと護送してくれよ」
 カフカは「頼む」と特殊部隊の隊員であろう男に頷きかけた。

「ライム」
「え、あ、あたしも逃げていいの?」
「ああ、お前には荷物(ドラゴンワゴン)を運んでもらう」
「え、ほんとに……あたしだけ……いいの?」
「足手まといはいらん」
 ライムの<音響爆撃>の威力は、彼女のテンションに比例する。対人戦闘の経験の少ない――人殺しに忌避感を持っている――彼女では望むべき威力は得られない。

「そういう言い方は……」
「大丈夫よ、ベーにゃん。にゃーではあんまり役に立ちそうににゃいもにょ……」
 もそもそとライムが言う。対人戦闘ではテンションが上がらない。上げようがない。平和な日本生まれて、平和にアイドルを目指してきた彼女にとって人殺しでハイになれるはずがないのだ。

「ハッ、今更シリアスを演じられても困る」
 タクムはそんな彼女を鼻で笑う。弱い彼女を嗤ってやる。

「アンタ、ほんとさいってー」
「褒め言葉だ。しかし、自分の役割も理解出来ない脳足りんに言われたくはないがな。分かるか、腐れアイドル。お前の仕事は運搬だ。荷物はガンマ一族。せいぜい励ましてやることだな。出来るだろう? お前の歌には物理的な力があるんだから」
 ライムが、ベジーが、揃って顔を上げた。その頃にはもうタクムは二人に背を向けており、カフカと打ち合わせを始めていた。

「見てろ、スローター! やったろうじゃないの!! きっちりかっちりパーペキに偶像(アイドル)こなしたろうじゃにゃいのー!!」
 ライムは言うと、ドラゴンワゴンに飛び乗った。




「上手いもんじゃの~。このアイドル殺しめ」
 カフカのニタりとした笑みに殺気の篭った視線を送る。背後でベジーがコクコクと頷いているところにタクムは頭を抱えた。素直すぎるだろう、殺し屋。

「戦意向上は指揮官の務めだ。それより作戦会議(ブリーフィング)、始めるぞ」
 タクムは地図を広げ、その上に小石を置いた。ガンマ=デルタ間を繋ぐルート34は前半が延々と続く荒野であり、後半は山間地帯となる。山だが日本のように木々に覆われているわけではない。

 遮蔽物が少ないのは火力に劣る迎撃側としては辛いところであった。互いに隠れられる場所はないのであれば後は単純な火力勝負。戦車戦では間違いなくあちらに軍配が上がる。

 そのため迎撃ポイントとして選んだのが――現在位置――山の裾野にある岩石地帯となった。これに加えてタクムは特選部隊や護衛小隊に指示をして、塹壕を掘らせることにした。

 敵部隊の現在予想地点はここから20キロほど後方にある。捨て駒に使った開拓者をさっくり倒して北上中だろうとのことだ。

 30分もすれば接敵する。

 三台のマイクロ戦車のワイヤーアームも導入して急ピッチで行われている。ついでにコンテナ内にあった対戦車/対人地雷やクレイモア、遠隔爆破可能なC4爆弾を提供し、工作兵達に配置させていく。迫撃砲も2門あったため一般歩兵に提供した。まさに総力戦といったところである。

 しかし、時間も罠も足りない状態ではまともな防衛拠点など作れるはずもない。

 起死回生の一案どころか、まともな作戦も立てられる状況ではない。

 作戦の基本方針は『適当にやれ』であった。タクム達開拓者、特選部隊、一般兵にあたる護衛部隊、急場の混成部隊ではまともな連携など取れるはずがない。幸いにも一人一人の兵士の質、戦闘能力ではこちらが上回っている――護衛部隊とて一般兵から選りすぐられた精鋭だからだ――なれば各員が持てる最大火力でもって一人でも多くの敵兵を道連れにするのが正解であろう。

「ふむ、罠でどれだけ削れるかのう」
 禿頭を叩きながらカフカが言う。
「知らん。戦車と殺り合うのは初めてだしな」
「ほほ、そのくせ指揮官役を奪い取るとは大口を叩いたのう?」
「俺の邪魔をされたくないからな」
 ほっほっほっ、とカフカが笑う。隣に座るトンガ・リ・コン少佐は殺気の篭った視線とは好対照である。


「のう、スローター? ワシ等は勝てると思うか?」
「ハッ、問題ないな」

 ――敵を殺すだけなら、な。

 タクムはニタリと残酷な笑みを浮かべた。




「交渉は?」
「ああ、上手くいったよ。基本報酬2000万ドルに出来高払いだ」

 臨時のブリーフィングルームと化していたストライカー装甲車からタクムが出てくると、鉈、小銃、ロケットランチャーと完全装備のベジーが駆け寄ってくる。

 タクムがわざわざ意味のないブリーフィングに参加したのは、依頼の詳細――指揮権の所在や報酬面の詰めを行うためであった。


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依頼ID:EX1203013
表題:【緊急】敵部隊の迎撃
カフカ率いるガンマ軍特殊部隊と共に敵部隊を迎撃せよ。
なお、戦闘時の指揮権は貴隊に一任する。

報酬額
基本報酬:20,000,000$
出来高
 戦車 :2,500,000$
 装甲車:1,500,000$
 車輌 :500,000$
 歩兵 :5,000$

なお、提供された地雷や罠での討伐の場合、ボーナス額の半分を報酬として支払うものとする。

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 タクムは岩石地帯の中でも一際大きな岩に昇った。その足元にはベジーが立つ。

 誰もが作業を止め、事の成り行きを窺った。

 この戦闘での指揮権がタクムに――<殲滅者>に一任されていることは既に周知されている。<鉄屑兵団>のことは知らなくても、<殲滅者>に<八百屋>ベジーの名を知らぬ者はいない。

「総員作業止め!! 集合!!」
 ベジーが声を張り上げると、全ての兵員は作業を止めて駆け足で並んだ。

 この場にいるのは護衛部隊も含めて忠誠心に溢れた精鋭ばかりである。指揮官の変更に不満や、それがかの悪名高いスローターだからといって従わない道理はない。

「これより指揮官からの挨拶がある!! 総員、傾注ッ!!」
 副官たるベジーが命令を発した。兵士の視線が指揮官へと集まった。

 タクムは小さく息を吸うと、掛けていたサングラスを外した。

 居並ぶ将兵達に動揺が走る。

 朱色の双眸。開き切った瞳孔から放たれる圧倒的強者の雰囲気が兵士達を黙らせた。

「諸君、我等を害する輩がいる。諸君等の故郷を襲った敵共である」
 なぜカフカ等、ガンマ一族が街を離れたのかについてタクムは聞き及んでいる。

 ソフィスト連合――スター都市国家連合と共に世界の覇権を争う大国――に戦争を仕掛けられたのだ。

「卑劣な手段で街を襲い、女子供区別なく犯し、殺し! それは今もなお続いている!」
 宣戦布告も使者もない、一方的な先制攻撃。気が付けば200輌を超える戦闘車両に囲まれていたという。開拓者に扮した工作兵によって――現在、ガンマは開拓者不足であったため登録者の身分などをろくに精査していなかった――仕掛けられた爆弾が城壁は破られた。

 突然の強襲であったため、組織的な抵抗を試みることは不可能であった――効率の良い素材確保のため上層部が出払っていたのも一因となった――軍ならびに開拓者達は各個撃破されていく。

 そして始まったのが略奪だった。この世界に戦争条約など存在しない。ソフィスト連合の兵士達は街を一方的に蹂躙した。それは人の姿に扮した獣であった。金があれば奪い、反抗する者は即座に殺し、その死した男の前で妻を、娘を、恋人を犯す。

 その話を聞いた彼は、この世界(ゲーム)に対する認識が正しかったと確信した。

「そして今、諸君等はその憎き相手に踏み潰されようとしている! それは何故だ!? 何故、諸君等が、諸君等が愛する者が、このような目に遭わねばならないのか!?」

 この場にいるのは家族を、友を、恋人を――危険な占領地帯に置き去りにして任務に就いた者ばかりである。己の職務と愛する者の安否を天秤に掛け、前者を取った忠実なる政府の犬。

 しかし、彼等に愛情がないわけではないのだ。彼等は荒れ狂う感情を、強靭な理性で押さえ込んだだけなのである。

「力だ。力がこそが正義だからだ! どんな不条理も力さえあればまかり通る!! この世界のルールだからだ!!」

 ――が、今はそんなものは不要だ。

 劣勢な状況において一兵士に必要なものは憎悪と殺意と忠誠心。理性は指揮官さえ保っていられれば問題ない。

「問おう、奴等が憎いか!?」
 最初の問いに兵士達は咆哮で応えた。

「問おう、奴等を許せるか!?」
 次の問いに兵士達は中指を突き上げた。

「力が欲しいか!?」
 兵士達が天高く腕を挙げて絶叫する。

 スローターが大きく息を吸う。朱色の瞳が凄惨な光を宿す。ただひたすらに一つの物を求め、代わりにこの世の統べてのものを壊し、穢し、殺戮すると誓った<狂信者>だけが持てる瞳。

「くれてやる! くれてやるぞ!!
 奴等を蹂躙し、殺戮し、同じ屈辱を味遭わせるだけの力を!!
 絶望の淵に叩き落せるだけの力を!!」

 ――<精神汚染(マインドコンテミネーション)>。強烈な信仰心(かんじょう)を周囲の人間にばら撒くことで使用者への<信者>を増やす狂信者専用の神経系スキルである。
 本来であれば数日、あるいは数ヶ月という時間をかけて重ね掛けしていかなければならないスキルであるが、今、この時だけは例外である。

 植え付けられた感情が、対象の意に沿うものであればあるほど浸透率は高くなる。

 スローターが放った信仰(かんじょう)は<復讐心>。連合軍により、街を蹂躙された彼等の憎悪は完全に煮詰まっている。そんな時に復讐を肯定されてしまえば殺意は容易に信仰心へと傾くだろう。

「将兵よ! 咆哮しろ!!
 我等に挑む愚か者を殺害しろ!!
 全ての者を灰燼に!!
 全ての物を鉄屑に!!
 殺して殺して殺しまくれ!!

 この俺様(スローター)に付いて来い!!!」

 タクムは兵士達の目の色が暗く澱むのを見て、胸中で哂うのだった。


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第8話 革防具職人ポルポ(後編)《イラスト:バルド》





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 ポルポの家は封鎖されており、その前で、ポルポの妹が泣き崩れていた。
 役人はいないが、やじうまがいる。
 嘆く妹を、ジュルチャガは硬い表情で見ていたが、ゴドンの耳に口を寄せて、

「ちょっと調べたいことがあるんだ。
 ゴドンの旦那。
 わりーけど、しばらくみんなの注意を引きつけてくんないかなー」

 と言った。
 ゴドンは、よし、と答えたもののどうしてよいか分からない。
 と、小さな子どもが通行人の男に突き当たったらしく、男が子どもを怒鳴っている。
 これだと思ったゴドンは、男に近寄り、

「こらー!
 大の大人が小さな子どもをいじめて何とするっ」

 と怒鳴った。
 もともと地声の大きいゴドンだが、腹に力を入れて怒鳴ると、おそろしく大きな声になる。
 みんなが注目しているすきに、ジュルチャガは器用に屋根に上り、屋根板をずらして中に降りた。
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、男相手に人の道を説いて聞かせた。
 すぐにジュルチャガが出てきたので、

「これからは気を付けよ!」

 と言って男を解放した。
 そのあと、バルドたちはポルポの妹に声を掛け、ひとしきり事情を聞いて、力を落とすなと励まして別れた。





 8

 事の次第は、こういうことだったようだ。
 妹は少し離れた果物屋で住み込みで働いているのだが、朝食をポルポに届けに来た。
 鍵を開けて家に入ったところ、人が死んでいた。
 ポルポは作業台の横で寝ていたが、これはいつものことだという。
 驚いて悲鳴を上げたので、兄も起き、近所の人もやって来た。
 役人も来た。
 死んでいたのは馬具職人のトマという男で、ポルポとはよく酒を飲んでけんかしていたという。
 トマの胸にはポルポの使うなめし刀が突き刺さっていた。
 流れ出た血は、作業台を真っ赤に染めていたという。

 役人は、トマがどこかで酒を飲んでやってきて口論になり、ポルポがかっとして刺し殺したのだろうと言った。
 妹は、ポルポが仕事の刀や作業台を血で汚すようなことをするはずがないと訴えたが、取り上げてもらえなかったらしい。
 ジュルチャガは、調べることがあると言ってどこかに行き、一刻ほどで帰ってきた。

「鍵が掛かってた、ってのが一つのポイントだよね。
 あの店は、マリガネンの持ち物だったよ。
 ポルポの店を紹介してくれたっていう大きな防具屋の主人だね。
 合い鍵も持ってるかもしれないね。
 死んだトマって人、あの晩にお酒を飲んでた店、分かったよ。
 飲んでた相手ってのが、マリガネンの店の使用人でね、いかにも犯罪者って感じのやつなんだ」

「ジュルチャガ。
 ポルポの家に入って、何をしたのだ」

「あ、ゴドンの旦那。
 さっきは、ありがとね。
 助かったよ。
 聖硬銀の道具は残ってた。
 魔獣の毛皮はなくなってた。
 これでだいたい話が見えてきたよね」

「いやいや。
 わしにはちっとも見えんぞ。
 何がどうなっとるんだ」

「あ、肝心なこと二つ言い忘れてた。
 マリガネンには息子が二人いてね。
 長男は店を継ぐんだけど、次男は革鎧職人なんだって。
 それとね。
 この街の法じゃあ、人殺しは|咎人《ディーラン》に落とされる。
 咎人ってのは、財産を持てないんだ。
 だから財産は全部売りに出される。
 売り上げは領主様のもんになるけどね。
 その金額の分、解放までの年限が短くなるんだ。
 賭けてもいーけど、マリガネンはポルポと財産を買い取るね。
 そうすりゃあ、道具も手に入るし、知識も技術も盗みほーだいだもんね」

 ここまで聞いたら、バルドにも筋書きが見えてきた。
 マリガネンは息子のために、聖硬銀の道具を欲しがったのだろう。
 ポルポの知識と技術も魅力的だったに違いない。
 しかし、一つ分からないことがある。
 魔獣の毛皮だ。
 それはどこに行ったのか。

「はあ?
 何言ってんの、バルドの旦那。
 魔獣の毛皮だよ。
 しかも腕っこきの職人が下ごしらえした、傷一つない見事な川熊の魔獣の。
 どさくさにまぎれてマリガネンのおっちゃんが盗ませたに決まってんじゃん。
 あれが手に入ると思ったから、人殺しまでする気になったんだと思うよ」

 確かに魔獣の毛皮は得難いものだ。
 だが加工は難しいし、使いやすいものではない。
 大して値打ちのあるものでもないと思われた。
 そうバルドが言うと、ジュルチャガは目と口をまん丸に開けて、しばらくあぜんとしていた。

「な、な、な、なんちゅう物知らずな。
 ゴドンの旦那。
 何とか言ってやってよ」

「いや。
 人殺しをするほどの物ではあるまい」

「うわーーー。
 この人もだよ。
 だめだ、こりゃ。
 世の中の常識を知らないにもほどがある。
 あのね。
 あれだけの物だったら、捨て値でも五十万ゲイルはくだらないよ。
 いや、値段の問題じゃない。
 どこの王侯も欲しがるし、あれを扱った店となれば、それだけで箔が付く。
 まあ、今回の場合、表には出せないけど、裏でも欲しがる人はいっくらでもいる。
 賄賂にももってこいだしね。
 そりゃもう、ものすごいもんだよ。
 つかさ。
 パクラじゃあ、けっこう魔獣の毛皮が取れるでしょ。
 それ、どうしてんの?」

 テルシア家では、少ない年でも十匹、多い年には二十匹以上の魔獣を倒す。
 必ず激闘になるから、皮は傷だらけになることが多いが、それなりの数の毛皮が取れる。
 これは倉庫に積んであって、騎士は誰でも自由に使える。
 ひどく加工がしにくいので、普通の革鎧の上からくくりつけたり、内側に貼り付けるなどして使っている。
 魔獣の毛皮は確かに強靱だが、全身を覆うような鎧には仕立てられないので、金属鎧のほうが重宝する。

「なんかが、なんかがひどく間違ってる。
 あのね、旦那。
 たぶんその端切れ二、三枚で、全身用の金属鎧が買えると思うよ。
 すっごく上等の金属鎧が。
 うううっ。
 |信じらんねー《ジャン・デッサ・ロー》!
 知らないってことも、ここまでくると罪だよね。
 うん。
 やっぱ、この旦那、俺っちがついてないとだめだわ」

 ぶつぶつつぶやいてから、ジュルチャガは大きな声で、こう言った。

「関係者を呼んでの取り調べは、明日の午後に決まったみたいだよ。
 旦那、どうする?」

 バルドは、目を閉じて考えた。
 そして思った。
 この街には、悪人もいるかもしれないが、全体に何かしら清明で筋の通ったものを感じる。
 それは、領主の気性を反映しているのだと思われた。
 そこから、ここの役人は信用してみてよいのではないか、という結論に至った。

  正攻法でゆく。
  今から役所に行くぞ。

 バルドの声に、ゴドンとジュルチャガはうなずいた。









 9

「そうか。
 すると、お前の店の使用人三人と死んだ男がポルポの家に行って酒を飲み、三人は先に帰ったのだな」

「は、はい。
 ポルポは腕のよい職人ですが、短気なところがございました。
 まさか、このようなことになるとは。
 つい魔が差したのでございましょう。
 どうか寛大なご処置をお願い申し上げます」

 取り調べの役人に対して答えているのは、防具店主人のマリガネンだ。
 ポルポをかばう振りをしながら陥れている。
 偽の証人まで用意しているのだから、悪らつそのものといえる。
 横の部屋でやりとりを聞いているバルドは、あきれるばかりだ。

「有罪ということになれば、財産は売りに出されるが、職人では大した財産も持っておらんだろうなあ」

「それはもう、致し方ないことでございます。
 使い古した道具など二束三文の値打ちしかございませんが、何割増しかの色を付けて、手前ですべて引き取らせていただく所存でございます」

「なんと、殊勝なことじゃ」

 取り調べの役人は、打ち合わせの通り、ずいぶん取り調べを引き延ばしている。
 そろそろジュルチャガたちが帰って来るころだ。
 扉が開く音がした。
 役人が取調官に報告をしている。

「そうか。
 うむ、分かった。
 防具屋店主マリガネンよ。
 お前に会ってもらわねばならん者を待たせてある。
 バルド・ローエン卿。
 お入りくだされ」

 言われる通り、隣の部屋に入った。
 バルドの顔を見ても、主人は表情を変えなかった。
 なかなかの狸ぶりだ。

「こちらのバルド・ローエン卿が、ポルポに魔獣の毛皮を預けておられたのだ。
 届け出を受けて、当方の者がポルポの店を探したが、見当たらぬ。
 店主。
 お前、このことについて何か知らぬか」

「このおかたは、確かに魔獣の毛皮をお持ちでした。
 ポルポなら仕立てができると、ご紹介いたしましたのは手前でございまして。
 その毛皮がポルポの手元にないとは、これは何とも面妖なことで」

「心当たりはないと申すのだな」

「はい。
 ございません」

「お前の店には、仕立てかけの革鎧など売るほどあろう。
 似た物が紛れ込んでいたりはせぬか」

「め、めっそうもございません。
 魔獣の、しかも川熊の魔獣の完全な毛皮でございます。
 手前ども、長年この商いをいたしておりますが、あそこまでの物を見たのは初めてでございまして、似たような物などあるものではございません」

「そうか。
 あるはずはないか。
 では、これはどういうことか」

 扉が開き、役人とジュルチャガが入って来た。
 ジュルチャガは、まだ縫い合わせられていない魔獣の革を持っている。
 入って来た役人は、

「店を捜索したところ、魔獣の革が出て参りました。
 主人の部屋の奥の隠し倉庫の中にございました。
 ポルポの家の合い鍵も見つかりました。
 ローエン卿がつけてくだされた下人のジュルチャガは、恐るべき捜し物上手にござります」

 主人の顔は、もはや蒼白である。
 そこに、別の役人が入って来た。

「ご指示通り、店員を逮捕し尋問いたしましたところ、殺人を自白いたしました。
 ただし殺したのは事故で、主人の指示でポルポの店に運んで刃物で刺したと言い張っております。
 ひどい暴れようで、ザルコス卿がご協力くださらねば取り逃がすところでした」

「店主。
 あらためて聞かせてもらいたいことがある。
 これ以上の嘘隠し立てはためにならんぞ」

 マリガネンは、がっくりうなだれた。





 10

 トマを殺した店員は、二十回のむち打ちのうえ、十年間咎人として苦役に就くこととなった。
 厳しい刑だ。
 二十回もむちで打たれたら、下手をすれば死ぬ。
 痛みは何年も続くだろう。
 マリガネンは、相当に大きな罰金刑となった。
 それと別に、今までポルポに払う賃金をごまかしていたことが発覚したので、不足分が徴収されポルポに渡された。

 事件はそれだけでは終わらなかった。
 マリガネンの長男が、手下を引き連れてバルドたちを襲撃したのだ。
 襲ってきた十五人ほどのならず者は、ゴドンが存分にこらしめた。
 これは、役所の裁定をないがしろにする振る舞いであるから、重い罪に問われ、マリガネンは巨額の罰金を申し渡された。
 結局、二つの罰金を支払うことができず、マリガネンはすべての財産を没収されたうえで、家族ぐるみで街を追放された。

 事件解決にバルドたちが活躍したことは役人から聞いたらしく、ポルポと妹から厚く礼をいわれた。
 ポルポは腕を振るって素晴らしい鎧を仕立てた。
 三日のはずが、七日の日子を要した。
 仕立代は要らないとポルポは言い張ったので、相応の金額を妹に渡した。

 鎧を受け取った翌日、バルドたちは旅立つ予定だったが、意外な人物が宿に訪ねて来た。
 前々クラースク領主ハドル・ゾルアルス伯である。
 一代でこれほどの街を作り上げた傑人なのだが、もったいぶったところがない。
 あとでジュルチャガに聞いたところでは、今年八十四歳か五歳だという。
 痩せて小柄だ。
 血色はよく、肌はしわだらけながら艶々している。
 頭頂には毛髪がないが、側頭からは豊かな白髪が伸びている。
 口の周りもあごも、白いひげに包まれている。
 まるで雪のようだ。

「この街に、壁剣の騎士殿と人民の騎士殿がご滞在とはのう。
 聞けば今朝出発とのこと。
 どうしてもひと目会いとうて、押しかけてきてしもうた。
 許してくだされよ」

 と、にこやかに語りかけてくる声は、人なつっこいといってよいほどの柔らかさを持っている。
 これほど生臭さを感じさせない人間は初めてじゃのう、とバルドは感心した。
 さわやかな風が吹き寄せるような気がした。
 それは人格から吹く風だ。
 老いるにしたがい身についてしまう傲慢や独善を厳しく削りながら生きてきた者だけが、こうした気配をまとうことができる。
 随行の騎士二名は、いずれも腕利きと察せられたが、殺気も放たず威圧もせず、ただ静かに後ろに控えていた。
 しばらく談笑して元領主は、

「ささやかながら餞別にお納めくだされ。
 よい旅をのう」

 と言って、バルドたち三人にそれぞれマントを贈った。
 もっともこの場にジュルチャガはいないので、ジュルチャガのマントはバルドが預かった。
 ジュルチャガは、リンツ伯に報告することができたとかで、ポルポの無罪が確定した日のうちに、リンツに向かって旅立っていたのである。
 マントは、派手ではないが丈夫でよい品である。
 バルドは奇異に感じた。

  さてのう。
  少し手厚すぎるのう。
  しかも、ゴドンは領主、わしは領地も持たぬ流れ騎士、ジュルチャガにいたってはただの下人。
  その三人全員に同じほど上等のマントとは。

 この疑問に、もう一つの疑問を重ねれば、おのずと推測が成り立つ。
 もう一つの疑問というのは、なぜこれまでマリガネンの悪事やあのやくざな店員の振るまいが見過ごされていたか、また、なぜ今回の事件で早々にポルポが犯人として捕縛されたか、ということである。
 おそらくこの元領主は、この件の顛末を聞いたとき、不審を感じ調べさせた。
 マリガネンに鼻薬を嗅がされていた小役人がいた。
 それを調べ、処分を決めるのに多少の時間を要した。
 バルドとゴドンに会いたかったというのも本当だろうが、わびと礼の気持ちを示したかった。
 それは、ゾルアルス伯みずからが足を運んだという点で十分なのだが、さらに、三人に同じ物を贈ったという点に、意を含めた。

  なるほど、これは人物じゃ。

 とバルドは思った。
 要するに、〈おぬしたちのおかげで無実の職人を罪に落とさずに済んだ。たちの悪い商人もこらしめることができたし、不正役人も罰することができた。ありがとうよ。手落ちもあったがこの街を嫌いにならんでくれよ〉と言いたいのだ。
 だが、あからさまに現領主の統治に|瑕疵《かし》があったかのような言い方をするわけにはいかない。
 だからこそのマントなのだ。
 そう分かったとして、どう答えたらよいのか。
 バルドが頭をひねりかけると、隣のゴドンがにこにこ顔で言った。

「いやあ、実はわしは、ここら辺りでよく食べられている炊きプランが嫌いでござった。
 しかし、この街で食べた炊きプランはうまかった。
 特に、脂の乗ったツァールガと一緒に食う炊きプランは、こたえられんうまさでござった」

 この正直な物言いに、ゾルアルス伯も表情をくしゃりと崩して答えた。

「ほう!
 気に入っていただけたか」

「それはもう。
 それにもまして、焼いたコルコルドゥルをたらふく食べたあとの、卵を混ぜた炊きプランの喉ごしの気持ちよさときては!」

「ほうほう」

「伯はご存じか。
 卵を混ぜた炊きプランは、食べ物にはあらず、飲み物にござる」

「なんと!
 それは知らなんだ。
 が、言い得て妙。
 はっはっはっ。
 プランとコルコルドゥルの二つは、この街が特に力を入れておるもの。
 存分に味わっていただけたようで、わしもうれしいわい。
 愉快、愉快」

 一同は大いに笑った。
 随行の騎士たちも声を上げて笑った。

 その昔、〈初めの人々〉のうち、ミト家とイエコタ家が、プランの栽培に適した土地を探してここにたどり着いた。
 両家は絶えてしまったが、プラン栽培は広く定着し、やがてエグゼラ大領主領が出来た。
 大領主のもとには、上質なプランを育てるための口伝が残っているが、あまりに複雑で手間が掛かるため、まともに実行している村はないという。
 ゾルアルス伯はその口伝を大領主から聞き受け、長い年月を掛けて周りの村々に援助と指導を与えて、ようやく最近本当においしいプランが育てられるようになったのだという。

 バルドはエグゼラ大領主領に来るまで、プランなどという穀物のことは聞いたこともなかった。
 当然、その味も知らなかった。
 エグゼラ大領主領では、小麦のパンより炊きプランのほうが一般的であるので、泊まった先々で炊きプランを食べることになったが、その色は茶色で妙な癖があり、食感も味も、あまりバルドの好むところではなかった。
 ところがクラースクで食べた炊きプランは素晴らしい味だった。
 魚や肉ともよく合った。
 炊きプランとともに食べる魚や肉は、バルドにまったく新しい楽しみを教えた。
 ここに来てよかったと思えた。
 旅の先には、まだまだ見知らぬ美味が待っているだろう。
 生きるためには食べることが欠かせない。
 食べることは生きることだ。
 のたれ死ぬための旅であっても、食べることはやめられない。
 どうせなら最後までうまい食べ物を探して歩きたいものだ、とバルドは思った。







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イラスト/マタジロウ氏



************************************************
8月16日「エンザイア卿の城(前編)」に続く
※くどいようですが、この物語はフィクションです。卵かけごはんは飲み物ではありません。

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激い榧幛死搐皮欷琛工阮mまれたのだ。
源次郎と同じように、地方から出てきていた同級生からの依頼だった。

「難しいことは分からんし???。」
源次郎は、さすがに最初はそう断った。いや、断ったつもりだった。
だが、その言い方にも迫力が無かったのだろう。
誘ってきた同級生は、「じゃあ、頼むわ」と源次郎の腕を取ってその会場へと引っ張って行ったのだ。

そこまでされては、もう源次郎にそれ以上の抵抗をする理由はなかった。
特に何かの予定があったものでもない。
それに、「黙って座っているだけで良い」と言われた気楽さもあって、その集会に参加をすることになった。
(これで、誘ってきた同級生の顔が立つのであれば???。)
そう思ったのも事実だった。

だが、今から考えれば、この時に思った「ま、良いか!」が泥沼に嵌まるきっかけとなったのだラグビー ラルフ
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この日を境に、次第に同じような誘いが来るようになった。
で、一回目を断れなかった源次郎は、そう深く考えないで「ああ???、良いよ」と答えるしかなかった。


(な、何か???、今と似てるよなぁ???。)
源次郎は、溜息と共にそう呟く。


(つづく)


第2話 夢は屯(たむろ)する (その1207)

最初に、支配人に「おい、兄ちゃん、仕事だ!」と言われたときは、正直、「何が仕事だ!」と訝ったものだった。
支配人から指示されたことは、「タクシーを拾ってきて、ミッキーをサンライズホテルに連れて行ってくれ」だけだった。
これだけを聞けば、仕事というより、それこそ子供でもできる「お使い」である。
そんなことをするために、ここに連れて来られたのではないと思えたからだ。
だが、そ

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烙杉oの手が移動してくる。
そう、源次郎の首に回していた手を外してだ。
どうやら、首に腕を回していなくっても、もう源次郎がキスを止めることは無いとの確信を得たようだった。

その手が、源次郎の右腕を付け根から手首に向かって滑るように降りていく。

源次郎は何かを言おうとした。
だが、それを感じ取ったのだろう、美由紀が重ねている唇に力を入れる。
源次郎が離しかけた唇を容易に手放すつもりはなかったようだ。
かなりの力で源次郎の唇を捕らえてしまう。

次の瞬間だった。
美由紀の左手が、源次郎の右手首を握った。
そして、それをこれまた相当な力で遠くへと押しやるようにする。

源次郎の右腕は、上半バーバリー コート レディース
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身の体重のかなりの部分を支えていた。
それで、バランスを取っていた。
それなのに、その腕の支えを美由紀は取り去ったのだ。
当然のように、源次郎の身体が美由紀の上に崩れ落ちる。


(ああっ! な、何てことを???。)
源次郎はそう思った。


(つづく)



第2話 夢は屯(たむろ)する (その980)

だが、その瞬間だった。
崩れ落ちた源次郎の上半身に美由紀の両腕が巻きついてくる。
そう、美由紀が下から抱きつくように形になった。
いや、源次郎の身体を捕まえたと言ったほうが正しいのかもしれない。
そんな腕の回し方だった。

「んんん???。」
源次郎は何かを言おうとする。
当然に、美由紀の身体を慮ってのことだ。
だが、当の美由紀は、その源次郎の口を、言葉を、自らの唇を強く重ねる事で封印する。
「何も言わないで???」。
そう言っている気がする。


源次郎の胸板に、美由紀の両乳房が押し当てられる。

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第二十二話 主天その二十一

「私はな」
「こうした術は持っていなかった筈だが」
「持っていないならば学べばいいだけだ」
 こう言う死神だった。
「そして身に着ければな」
「どうやら貴様は見た術を身に着けられるようだな」
「如何にも」
 ここで種明かしもしてみせたのだった。
「私は見る度、戦う度に強くなれるのだ」
「そうして相手の技を身に着けてか」
「貴様の術も貰っておこうか」
 またしても声だけがした。
「この闘いでな」
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「言っておくが俺様の術は安くはない」
 死神の姿は見えないがそれでも冷静さを失ってはいなかった。
「それを今見せてやろう」
 するとだった。魔物もまた姿を消した。まるで煙の様に姿を消したのであった。
「消えたというのか」
「消えたと思うのなら思えばいい」
 彼もまた声だけが聞こえるのだった。
「そのようにな」
「そうか」
 だがここで死神の声が頷くのだった。
「そういうことだな。それではだ」
 死神はここで姿を現わしたのだった。
「こうすればいいだけだ」miumiu 財布 クロコ
 こう言って姿を現わすのだった。彼は今カップの一つの上に浮かぶようにして立っていた。
「こうすればな」
「出て来てどうするつもりだ」
「すぐにわかる」
 答えはしなかった。
「貴様の死によってな」
「何を考えているかわからぬが」
 魔物の今の声は嘲笑の声であった。
「それで俺様を倒せるというのか。姿を出したうえで」
「倒せると言えばどうする?」
「戯言だな」
 一言でまた嘲笑してみせた魔物であった。
「所詮な。それは嘲笑だ」
「では攻撃してくるのだ」
 その嘲笑を軽く返す死神だった。
「そうすればわかる」
「ではわかってやろう」
 魔物の今の言葉は自信そのものであった。
「こうしてな」
 その時だった。死神の足元の影が動いた。そうしてそこから魔物が姿を現わしたのであった。
「その影、貰った」
 その言葉と共に攻撃を仕掛ける。しかしだった。
 死神はまた姿を消した。そうして一瞬のうちに攻撃を繰り出す為に姿を現わしていた魔物の背中に出て来ていて。今鎌を振るったのである。
 鎌は背中を斬りそれが決め手となった。魔物は背中を切られそれで倒されたのだった。
「うぐっ・・・・・・」
「勝負あったな」
 死神はその背を切った相手に対して言った。
「これで決まりだな」
「まさかそう来たとはな」
 魔物も切られていたがまだ生きてはいた。それで彼の方に向き直って言うのだった。
「後ろに出て来たか」
「こうした戦い方もある」
 死神はまた言ってみせた。
「奇襲と言うべきか」
「そうだな。確かにな」
 魔物も彼のその言葉に頷いてみせた。既にその身体には赤い炎が起こってきている。
「見事な奇襲だった」
「だが貴様が何故姿を消しているのかもわかった」
 今度はこう言う死神だった。
「影の中に隠れていたのか」
「そういうことだ。俺は影に対しては何でもできる」
 赤い炎に包まれようとしながらの言葉であった。

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第二話 天使その十八

「我々はな。そうなのだ」
「それは聞いていたがな」
「そうか。では話が早いな」
「俺を倒すつもりか」
「それは最初から言っている筈だ」
 言葉とその目の殺気がさらに強く鋭いものになるのだった。
「倒す。覚悟するのだな」
「ではその言葉完全に貴様に帰そう」
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 髑髏天使もまたただやられるつもりは毛頭なかった。彼も闘気をその身体に纏わせ構えを解くことはない。今また闘いがはじまろうとしていた。
 先に仕掛けたのは半漁人だった。爪で引き裂かんと右手を出してきた。
「裂けろっ!」
「ふん!」
 しかし髑髏天使はその右手の手首を受け取りそこから後ろに投げるのだった。丁度背負い投げの形になって投げたのだった。
「むっ!?」
「迂闊に攻撃を繰り出さないことだ」
 投げられながら声をあげる半漁人に対して言うのだった。
「さもなければ。こうなる」
「こうなるというのか」
「そうだ。そしてだ」
 まずは地面に叩き付ける。下は緑の雑草が生えそれがクッションにもなるがそれでもダメージは確実に与えられることが期待された。
 半漁人は背中から叩き付けられた。髑髏天使はそれで攻撃を終わらせずさらにその腹に上から蹴りを入れようとする。しかし今度は彼が反撃を受ける番だった。
「くっ!」
「甘いな」
 右足で蹴りを入れた。しかしそれは半漁人の両手で防がれてしまっていた。防がれただけではなくその足首も掴まれてしまっていた。
「その程度で我を倒すつもりか」
「その程度だと」
「そうだ」
 半漁人は言う。エルメス バッグ 買取
「この程度ではな。倒せん」
「うう・・・・・・」
「だが投げられた恨みは晴らす」
 そしてこうも言ってきた。
「しかも。我の得意とする場所でな」
「得意とする場所!?」
 髑髏天使は今の言葉だけで全てを察した。
「まさかそれは」
「そのまさかよ」
 この言葉と共に髑髏天使を投げたのだった。それと共に起き上がる。
 髑髏天使は後ろに投げられた。後ろは河だ。彼は河の中に投げ込まれてしまったのだ。
「しまった、水か」
「これでよし」
 半漁人は髑髏天使が落ちた河を見下ろしつつ満足気に笑っていた。
「そしてだ」
 そのうえで自分も河に飛び込む。闘いは水中戦へと移るのだった。
 髑髏天使は水の中でも至って冷静だった。その動きは水中であろうとも陸上にいる時とほぼ変わりがないのであった。彼はこのことにまず驚いていた。
「水中だというのにこの動きか」
 身軽だった。水の中特有のあの不自由さはない。それがどうしてかもすぐに察することができていた。
「そうか。これも力だな」
「髑髏天使。やはりその名だけはあるな」
「やはり貴様もそうか」
「我は半漁人」
 この言葉が答えだった。
「水の中でこそその真価を発揮する」
「そうだったな」
 彼のその言葉に納得する髑髏天使であった。
「貴様は魚の力を持つ魔物。ならば」
「では貴様の運命もわかるな」 
 半漁人は髑髏天使に進み間合いを詰めつつまた言ってきた。
「その確実な死が」
「生憎だがそれはわからん」
「何っ!?」
「人の身体である時ならいざ知らずだ」
 半漁人が突き出した右の突きを身体を左に捻ってかわしつつ述べた。
「この身体なら。髑髏天使の身体なら」
「今のをかわすか」
「何の問題もない」 
 今度は彼の番だった。後ろに回り込む。
「そしてだ」
「むうっ!?」
「水中でも効果のある技はある」
 答えながら半漁人の首に手を回すのだった。プロレスで言うスリーパーホールドのポジションであった。
「こういう技がな。このまま」
「絞め殺すつもりか」
「そうだ」
 実際に彼の首を締め付けながらの言葉であった。
「死ね。貴様がな」
 髑髏天使は言う。
「このまま。絞め殺してやる」
「生憎だがそうなるつもりはない」
 今の半漁人の返答は決して負け惜しみでも強がりでもなかった。

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第六話 帰蝶その十一

「あれはあれでよいな」
「左様ですか」
「足軽のままでは勿体やも知れぬな」
 そしてこんなことも言うのであった。
「これはじゃ」
「ではどうされるというのでしょうか」
「あの者、足軽から城の用をさせる」
 こう前田に告げるのだった。
「そのうえで見てみよう。それでよいか」
「はっ、それではです」
 前田も信長のその言葉に頷いた。これでおおよそのことが決まった。
 こうして木下は信長の城に入った。最初に与えられた仕
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プラダ ショップ事は厩の掃除であった。
 これがだ。彼が厩に入るとだ。厩が見違えんばかりになった。
「これはまた」
「見事なものですな」
 その厩を見た丹羽と村井が思わず唸った。厩とは思えないまでに奇麗になっていたのだ。馬糞なぞはもう何処にもなかった。
「あれをあの者がやったとは」
「これはまた」
「あの猿、これだけのことをどれだけでやったのだ」
 その場には信長もいた。彼は二人に問うた。
「この厩をここまで奇麗にするとは」
「実はそれがしあの者に先程用を言いつけました」
 ここで村井が信長に話す。
「草履の手入れをです」
「わしの草履のか」
「朝起きて今ですから」
 まだ朝早い。朝食を食べて少ししか経っていない。
「それ程は」
「それだけの時でここまでしたというのか」
 信長は再びその厩を見回しながら言った。
「左様か」
「はい、間違いありません」
 村井はまた答えた。
「そうしたようです」
「この様にするには丸一日かかりますが」
 丹羽もまた厩の中を見回しながら述べた。
「それを僅かな間で、ですか」プラダ キャンバス
「いや、あの猿は若しかすると」
 村井の言葉はここでは唸っているものだった。
「掘り出しものかも知れませぬな」
「ふむ。一つ聞いてみるぞ」
 信長は考える顔になって述べた。
「あの猿にじゃ」
「聞かれるといいますと」
「この厩のことをですか」
「そうじゃ。ここまではそうおいそれとはできん」
 信長もまたこのことはよくわかっていた。非常にである。
「どうしてここまでできたのかをな」
「寝床の草は取り替えてありますし」
「壁も奇麗です」
「何故ここまで瞬く間にできたのか」
「確かに不思議ですな」
「それを問うてからまた決める」
 信長はまた話した。
「あの猿についてはな」
「はい、それでは」
 用事を言いつけた村井がここで信長に述べた。
「すぐに呼んで参ります」
「そうせよ、よいな」
「はっ、それでは」
 こう話をしてであった。木下は信長の前に連れて来られた。そうしてそのうえで厩をどの様にして掃除したのかを聞かれるのであった。
「あの厩ですか」
「そうじゃ。あれはどうした」
 信長はその猿を思わせる顔の小柄な男に対して問うた。
「一体じゃ。あそこまでのことを僅かな間にじゃ」
「馬を外に出しました」
「外にとな」
「はい、馬に朝の馬草を与える時にです」
 その時にだというのである。

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71:三国連合/氣の扱い方【基礎強化編】

117/ガンバルマン

 ギッ……ギッ……ギッ……ギッ……!

「いっちにっ、さんっしっ……!」

 朝が来た。
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 快晴の空から降りる陽の光にあてられながら隊舎から戻った俺は、きたる武道会に向けての鍛錬のため、中庭に来ていた。
 自室の寝台に比べると硬さを感じる隊舎の仮眠室は、なんというかこう……懐かしい香りがしたりするのだが、いかんせん体が痛くなることがある。そんな体を伸ばすように準備運動から始めているわけだが……屈伸運動がやけに気持ちいい。バッグを持ってきたこともあって、胴着にもきっちりと着替えての朝の運動。それだけでも気持ちのいいものであるわけだが。

「よっし! 準備運動終わり! 走るぞ~♪」

 華琳から鍛錬禁止が命じられてから数日。
 うずいていた体を思い切り動かせることもあって、妙なテンションのままに中庭の端の石段を登って外壁へ。そこで見張りをしていた兵に朝の挨拶をしてから早速走る───のだが。
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「《かくんっ》とわぁっ!?」

 一歩、二歩と加速した途端に足がもつれた。
 慌てて体勢を立て直して、その場で立ち止まる。

「…………あれ?」

 氣の調節が上手くいかない。
 いままで通りに足に氣を込めて走ろうとしたのだが、今まで通りに動いてくれない。

「い、いやいや……そりゃ華佗には持て余すだろうとか言われたぞ? でも一歩目からこれはないだろ……」

 普通持て余すとかって、少しは今まで通りに出来たのに、一定以上いくと暴走~とかさ、ほら…………ねぇ?

「………」

 両足に氣を送る。
 少しだけピリッとした痛みが足に走った。
 構わず続けると、胴着の間から輝きが漏れた。……不気味だった。

「うーん……凪の氣が炎みたいに赤いように、俺の氣は光る……のか?」

 でも剣道袴の間からモシャアアアアと漏れる光は不気味以外のなにものでもない。
 インテリアとかでこういうのがありそうだとか考えると余計だよ。
 体内からは出さないようにしような。じゃないと、相手に次の行動を当ててみてくださいって言ってるようなものだ。

「ともあれ、まずは一歩」

 不思議な金色の氣。
 攻守……天の御遣いとしての氣と、普通の北郷一刀としての氣が混ざり合ったもの。
 それが一緒になった金色の氣ときちんと付き合うのはこれが初めてなのだ。
 急に走らず、まずはゆっくり慣れよう。
 大丈夫、人間は順応できる生き物さ。

「二歩~……」

 そろりと歩く。
 というのも、氣の感覚と足自身の感覚がひどく一致しないのだ。
 足の感覚で持ち上げても氣が重りのようにずっしりと圧し掛かり、ならばと氣の感覚で持ち上げると足の感覚が追いつくより先に持ち上がる感じ。結果的に素早く動けるのだが、麻痺した足を地面に下ろしたみたいに心許ない。下ろして一瞬置いてから“足が下りた感触”が足に届くのだ。これは怖いとばかりに別の動かし方を探してみれば、今度は氣が先走って体があとから動く始末。

「怖っ……!」

 なので一歩一歩慎重に。
 できるだけ足と氣の感覚を同調させて、一歩二歩と歩く。
 事情を知らない人が見れば、足場がきちんとあるというのに綱渡りの練習をしている人のように見えることだろう。でも真剣なんです解ってください。

「……………」

 “歩く”なんて行為にここまで集中したのはどれくらいぶりか。
 もはや自分では思い出せもしない、初めて立った時や初めて歩いた時にも匹敵するのであろう集中。それを以って、一歩一歩を───

「あっ、お兄ちゃんなのだっ!」
「あ、兄ちゃん!」

 ───ぽてりと踏み出した時。
 見下ろす中庭の景色に、立ち木の下の俺のバッグ近くに立ち、俺へと手を振る小さな猛将さんたちから……元気な挨拶がありましたとさ。なんだろう。とっても嫌な予感がする。
 そんな予感を抱きながら、ズドドドドと石段を登ってくる二人……鈴々と季衣を見る。
 元気に駆け寄ってきた彼女らは、俺が胴着姿なのをきっちり確認するやお互いを睨み始め、「足の速さで勝負なのだー!」とか「お前なんかに負けるかー!」とか言い出す。そんな彼女らの前に立つ僕はといえば、「ほ、ほどほどにな……」と言った途端にがっしと両手を片手ずつに掴まれ……逃げ道を失いました。

(───否!《クワッ!》)

 諦めたらそこで終わり!
 ならば説得を───

「お兄ちゃん、早速走るのだ!」
「むー! 兄ちゃんはボクの兄ちゃんだー!」
「へへーんっ! よく解らないけど難しい話で三国のお兄ちゃんって決まったのだ! もう春巻きだけのお兄ちゃんじゃないもんねーっ!」
「こ、このー!」
「えっと……あのな、二人と《グイィッ!!》もぉおっほぉおっ!!?」

 二人が走る。俺の手を掴んだまま。
 肩が抜けるんじゃないかってくらいのスタートダッシュに思わず奇妙な声が出るが、そんなことを言っている場合じゃない。倒れてしまえば西部劇であるような、縄で縛られて馬で引きずられるような状況に───! やっ……そりゃあもう霞にやられたことあるけどさ! やられて嬉しいものじゃあ断じてない!

「ふたっ! ふたりともっ! ちょっ、話聞いてっ! 俺今っ───キャーーーッ!?」

 角で二人が曲がる。
 石の床を蹴り弾き、半ば一歩一歩で浮いているような状況の中、遠心力ってものに振られた俺は見事に宙を浮く。なのに二人はそんな負荷も知ったこっちゃなしなままで走り続け、やがて速度という壁に足を後方に投げ出してしまった俺は、腹で地面を滑走することとなった。


  ガリガリガリガリギャアアアーーーーーーーーーッ…………!!


───……。


 ……さて。馬ではなく人に引っ張られて滑走なんていう、普通じゃお目にかかれないような体験をしたこの北郷めでございますが、なおも競うように走る二人をなんとか止めることに成功。
 現在は中庭の芝生の上で正座をしている二人を前にこちらも正座し、説明をしているところである。

「うぅうう~~~~っ……に、兄ちゃ~~~ん……これ、足がヘンな感じになる~……」
「だだだ、だらしないのだっ、りりり鈴々は平気なのだっ!」
「むっ! だったらボクも平気だもんねっ! お前なんか声が震えてるじゃないかっ!」
「そんなことないのだっ!」
「そんなことあるよーだっ!」
『うーーーーーーっ!!』

 ほうっておいても元気な二人の額に、まずは痛くもない手刀を落とす。
 きょとんとしてこちらを見る二人をやんわりと叱り、隣同士で睨み合う状態から元の姿勢に戻ってもらう。

「と、いうわけで。今の俺は前みたいに走れないんだ」
「そんなの走ってれば直るのだ」
「そうかもしれないけど、走ってないからね? さっき確実に浮いてたからね? 俺」
「えー……? じゃあ走れないの?」
「それをさっき、なんとか慣れようとして歩いてたところだったんだが……」

 パワフルなお子さん二人に引っ張られて宙に浮き、地面を滑走しました。
 あれでどう慣れろと仰るか。

「慣れるまでに時間かかりそうだからさ、鈴々も季衣も、自分の好きなことをしててくれな? 情けない話だけど、今のままじゃ氣を込めて走ることも出来ない」
「だったら鈴々が手伝うのだっ! そんなの、うーんってやってばーんってやればすぐなのだっ!」
「………」

 ばーん、って音が俺が壁かなんかに当たる音として脳内再生されました。
 “のろのろ歩くから出来ないのだ!”なんて言って散々引きずり回されて、どこかからご飯ですよーとか言われた途端に手を放された俺がどこぞの壁にばーん、って。

(どうしよう……)

 頭を抱えた。
 いや、申し出は嬉しいです。嬉しいんですが……いや、季衣もそんな張り合うみたいに手をあげなくていいからっ!

「兄ちゃん……もしかして嫌……? 迷惑かな……」
「へっ? あ、いやっ、そういうんじゃなくてなっ!?」
「だったら決まりなのだっ!」
「《がしっ》うえぇっ!? いやっ、そういう意味でもなくてだなっ! やっ、ちょっ、やめっ……引っ張るおぉおあぁあーーーーーーっ!!?」

 鈴々が立ち上がろうとする動作と一緒に俺の手首をわっしと掴んで一気に地面を蹴る!
 その速度は凄まじく、やはりスタートダッシュから弾丸の如きスピードを見せ、だがしかし足が痺れていたらしい彼女は足の違和感に襲われてあっさり転倒。小さな猛将の勢いの分だけ引っ張られた俺だけが宙を舞い、大地に舞い降りた。……背中から。


───……。


 ぴくぴくぴく……。

「……とにかく。まずはゆっくり始めるから、無理矢理引っ張らないように。いいな?」
「う、ううううん……わわ、わかったよ、兄ちゃん……」

 ちらりと俺の背後の芝生に倒れ、痙攣する鈴々を見て頷く季衣。
 ええはい、くすぐり地獄に遭ってもらった。足が痺れてる所為で逃げられなかった彼女に、俺は容赦無くくすぐりと足をつつくという地獄を味わってもらった。地味ながら、相当効いたことだろう。
 こういう時はきちんと罰を与えなければ学びません。

「ん……」

 そんなわけで立ち上がり、走れないんじゃ意味が無いってことで中庭で歩行練習。
 氣を足に収束させると歩き始めるんだが、やはり感覚がおかしい。

「よっ、ほっ……」

 むう。のっそりのっそりとしか歩けないもんだから、少し横着して引きずるように歩いてみる。……氣で動かすってイメージが無い分、結構楽だった。

「………」
「?」

 正座から足をくずした季衣が、足を庇いつつ俺を見る。
 鈴々は変わらずぐったりとしていたが、そんな二人に笑いかけ、思いついたことをやってみた。引きずる、って意味で思い出したアレ───ムーンウォークである。

「おおおおっ!? 兄ちゃんなにそれ!」
「歩いてるのに後ろに下がってるのだ!」

 好評だった。
 ぐったりしていた鈴々が活力を無理矢理得て、飛び起きるほどに。
 ……いいか。このまま座りっぱなしじゃ二人も楽しくないだろうし、どうせ歩く練習からしか出来ないんだから楽しみながら慣れていこう。

……。

 二人にコツを教えてしばらく。
 ようやく歩く速度が少し増してきたかなというところで明命が登場。
 元気に手を振る彼女に手を振り返すと、奇妙な動きをする季衣と鈴々を見てきょとんと首を傾げた。

「あの。一刀様? あれはいったい……」
「特殊な歩き方の練習。退屈だろうから教えたんだけど、意外なほどに熱中してる」

 真剣な顔でムーンウォークに取り組む二人は、我こそが先に会得するのだといった気迫をずっと保ったままで挑戦を続けている。

「はあ……では一刀様も?」
「あ、いや、俺は普通に歩く練習だよ。氣の使い方をまた一から勉強してるんだ」
「氣の……」
「そ。困ったことに、以前の感覚だと上手く扱えない状態になっててさ」
「………」
「明命?」

 じいっと俺を見てくる。
 俺、というか俺の胸の部分。そこらは丁度華佗に鍼を落とされたところで───え? もしかしてなにかある?

「そういえば、一刀様から感じる気配が変わってます」
「え……そうなのか? 自分じゃ解らないんだけど……」

 手の平を見てみたところでなにも解らない。
 収束させれば輝くだけだ。それは確かに変化だろうけど、収束させなきゃ見えないんじゃあ明命が見ているものと自分のものは違う。

「はい。どのように、と言われると少し説明しづらいのですが」
「へえ……」

 解るもんなんだな、そういうのって。
 っと、せっかくだし少し訊いてみようか。明命だったらこんな状態の時の上手い体の動かし方とか知ってるかもしれない。なんだかんだで、“気配”の扱い方の師匠だもんな。

「明命、ちょっと時間あるか?」
「? はい、お昼まではお祭りの準備を手伝うので、あまり多くは取れませんが」

 訊ねると笑顔で応えてくれた。
 そんな彼女に現在に至るまでの経緯を説明し、真面目に聞いてくれることに人の暖かさを感じつつ───

「……ふぅ……」

 ───現在に至る。
 “ではこれでっ”と言って駆けていった明命に感謝を投げ、“いえいえですっ、お役に立てたのならっ”とやはり元気に駆けていく姿を見送ってしばらく。
 ようするにあれだ。
 今は体が、突然合わさった二つの氣に戸惑っている状態なので、それを慣らしてやる必要があるのだと思う、だそうだ。
 なるほど。確かにそれはそうだ。
 一番効果的なのはやはり基本。自分が苦に感じない程度の日常的な行動を、氣とともにやってみるのがいいと思いますです、とのことなので。

「ふっ……くぅう……」

 ストレッチをやっている。
 体の柔らかさは必要なことで、鍛錬出来ない日でもやっていたことだから、ある意味で日常的だ。歩くことはしないのかと言われれば、まあ……赤子だって立つための筋肉が出来てから立ち上がる。そのための地盤作りみたいなものだ。

「伸ばした部分にもきちんと氣が籠るように~……すぅう……はぁああ……!」

 息は吐ききってから吸う。
 肺には新鮮な酸素だけを取り入れて、残らないように。
 すると小さな運動でも体が刺激されて、汗が出てくる感覚。
 そんな感覚とともに体中を氣で満たしてやると、体がさらに熱を持つ。

「よっ……───っと」

 “筋肉がつかないのなら鍛錬も無駄じゃないか?”と言われれば、そりゃあ不安にはなるけど……氣がきちんと養われてるなら、それをきちんと扱えるようにするための鍛錬を。
 考え方によってはいつもと大して変わらないんだ。筋肉の代わりに氣を使ってるようなものなんだから。だから運動をすればするほど、氣で体を動かす方法に慣れてくる。そういった意味では、今やっているのも前にやっているのも、そう変わりはない。

「───ふっ!《ビッ!》」

 柔軟が終われば木刀を手にして振るう。
 しかし一振り目でいきなりすっぽ抜けてしまい、空に舞ったそれを小さな悲鳴とともにキャッチ。……危なかった。壊れたりしたらシャレにならない。

「…………歩こうか」

 歩く前に木刀を振るう赤子が何処におるか。
 じいちゃんならそう言いそうだなぁなんて思いつつ、木刀をしまって歩き出した。


───……。


 昼。
 全力で走るよりも体力を使った俺は、季衣や鈴々とともにこれでもかとメシを食らう。
 それが終われば再び中庭に戻り、早歩きの練習。
 歩くことには慣れた。ならば早歩き。次に走って、次が全力疾走。
 行程としてはそんなところだが、そこまで行くのが辛い。
 まさかきちんと歩くようになるまでに、昼までかかるとは思いもしなかった。どーせすぐ慣れるだろうなんて考えていたんだが……普通のこと、出来て当然のことがこれほど難しいことだったとは。
 すごいね、人体。

「はぉおおおお……!」

 奇妙な呼吸をわざとしてみて、氣や気脈に影響がないかを調べてみる。
 うん、当然のことながらな~んにもなかった。
 しかしこういう試みは無意味かもしれないものの楽しいもので、早歩きをしながらも試し続けている。

「すぅうう…………はぁああああ……! すぅうう…………はぁああ…………!」

 呼吸はあくまで深呼吸。
 肺には新鮮な空気のみを残すように、やはり吐ききってから吸う。
 吐くのと一緒に締める腹筋が肺を持ち上げるような感覚とともに、肺の中の空気が出切るのを手伝う。

「うん、暑い」

 気脈活性の影響と、呼吸の影響で体が暑い。
 といっても昨夜のあの熱さに比べれば、夏の日差しよりもてんで涼しいくらいだ。
 昨夜のが“熱い”で、今のは“暑い”だからな……。

「スッスッ、ハッハッ……スゥウウ……ハァアアア……!!」

 呼吸に変化をつけてみると、滲み出た汗がなんとなく体を冷やすような感覚に襲われる。そんな感覚をもっと燃やすために、早いとは思ったけど軽く駆け出してみた。
 ……バランスが取れずにコケた。兵の前で。

「み、御遣いさま、平気で……?」
「ん、ごめん。大丈夫」

 起きるのを手伝ってくれた兵に礼を言って歩き出す。
 事情はもう話してあるから、笑われたりはしなかったものの……はい、正直恥ずかしいです。

「無理はいけないよな、無理は」

 とにかく氣を扱うことに慣れないと。
 一歩ずつ一歩ずつ~……!


───……。


 昼食時が完全に過ぎ、中庭が賑やかになる頃には多少は走れるようになっていた。
 だが無理はせず、だめだと思えば少しずつ速度を下げてから歩き、立ち止まったその場所で屈伸運動。
 氣とともに満足に動けるようになることだけを前提に体を動かして、少し休んでまた動く。その繰り返しだ。

「氣の鍛錬の効率がよく解らない……」

 筋肉は三日休んで動かしての繰り返しだったけど、氣のことは本当に解らない。
 一緒の原理でいいのかなーなんて思っても、俺普通に氣の鍛錬だけは毎日って言っていいほどやってたもんなぁ。

「………」

 城壁の上で空を仰ぐ。
 まだ陽が落ちるには少々ある空を。
 そうしてから中庭を見下ろし、こくりと頷く。
 誰も見てない。兵は心配そうに見てるけど、それには大丈夫だから~という意味も込めて軽く手を振って返す。

「今なら……今なら出来る気がする」

 氣を持て余すのは仕方が無いとはいえ、体の中が違和感でいっぱいな現在。
 その原因を一度でいいから外に出したい衝動に駆られている。
 放出したいのだ。溜まりに溜まった氣を。

(……溜まるって言葉であっちの方を思い出してしまう自分がちょっと嫌だ)

 首を振ってから構える。
 どんな構えをといえば、以前は呉でシャオに邪魔をされてしまったあの構え。

「かぁああ……!」

 両手の手首をくっつけるようにして、手の平は少しだけ開くように。
 それを、重心を落とした腰近くに構え、深呼吸をするように言葉を放つ。

「めぇええ……!」

 氣の収束を掌にて。
 やはり以前の氣よりも扱いづらいが、朝一番のあの辛さに比べればどうってことない。

「はぁああ……!」

 金色に輝く氣を体外に。
 すると掌が輝き始め、その輝きが質量となって両掌の中心に集い───

「めぇええ……!」

 ───今。
 かつて果たせなかった少年の浪漫を、この大空に向けて!

「一刀様っ、鍛錬お疲れさまですっ」
「波ぁあああッキャアアアーーーーーーッ!!?」

 ……手を突き出した途端に背後から声を掛けられ絶叫する俺が居た。
 もちろん集中力が散った氣は体内に戻ってしまい、慌てて振り向いた先には……きょとんと首を傾げる明命サンが。

「? あの、一刀様? …………はうわっ!? もしかして私、何かの邪魔をしてしまいましたかっ!?」
「い、いやっ……邪魔、っ……ていうか……その……!」

 心臓がバックンバックン鳴っている。
 ど、どうしてだろうね。少年の頃の熱い魂を空へと打ち上げたいだけなのに、それを人に見られるのがとても恥ずかしい。それがどういう行為なのかなんて、天の少年の夢でございますとでも言えばあながち嘘なんかじゃなかった筈なのに。

「え、えと、そのっ……今のはっ…………あ、あー! 明命どうしたんだっ!? 準備があるって言ってたのにっ!」
「あ、はいっ! その準備もお昼までで終わりましたので、一刀様のご様子をっ!」
「そ……そっか。ありがとな?」

 心臓が跳ねてる所為で、どうにも上手く言葉が返せない。
 そんな俺の言葉に明命は素直に「いえいえですっ」と嬉しそうに返してくれる。
 ……なんだか軽く罪悪感。

「それで……どうですか? 少しは慣れましたでしょうか」

 胸に浮く罪悪感をドスドスと殴ることで打ち消す。そんなもので消えてくれれば苦労はしないものの、とりあえずは話を振られたことで隠れはしてくれた。

「多分順調。今は軽く走ることくらいは出来るようになったよ」

 といっても、スキップなのか走ってるのか解らない程度のものだ。
 呼吸のためのリズムなんて取る余裕もない。なので早歩きと走りもどきを繰り返しているところだ。

「あぅあぅ……随分と扱いに困っているようですね……」
「文字通り、困ったことに」

 もう少し自分の都合のいいように扱えればなと思ってしまう。
 しかしながら手足のように思い通りにはいかず、無理に扱おうとすればコケてしまう。
 なので一度吐き出そうとしたところへ明命が来た。

「ならばいっそ、一度思い切り外へ出して見てはどうでしょうか」
「あ……やっぱり明命もそう思う?」
「はい? やっぱりとは…………はうわっ!? まままさか先ほどのあれはっ!」
「あぁああ待った待った! 確かにそうだけどもう過ぎたことだからっ! それにあれはただの俺の都合の所為だし、そもそも見られて減るものでもっ…………あり、そうな気がするけどっ! だだ大丈夫! 今からやるからすぐやるからっ!」

 驚き、落ち込み始めた明命に待ったをかけると怒涛の勢いで言葉を並べる。
 ……並べてから、どさくさ紛れに“やる”と言ってしまった自分を呪った。
 俺の馬鹿……。

「うぅ……じゃあ、やるから……見ててくれな……」
「はいっ」
「おかしなところがあったら、遠慮なく言ってくれ。そうしてくれたほうが嬉しい」
「う、嬉しいですか。解りましたっ、必ずやっ!」
「え……あの、そんなに気張らなくても」

 む、無理に悪いところ見つける必要はないぞー? などと心の中で言ったところで届くはずもなく、溜め息ひとつ、例の構えをとりつつ重心を下へ。

「……!《わくわくっ……》」

 そんな俺の真剣な顔を見るのが嬉しいのか、はたまた天での技術っぽいものを見られるのが嬉しいのか。明命は目を輝かせ、胸の前で手を合わせたままで俺をじぃっと見つめてきていた。
 うう……見られたくないものだけあって、凝視されるとやり辛い。
 だが我慢だ北郷一刀! こんな状況でも氣を収束出来る自分であれ!

(集中……集中……)

 深呼吸をして、人前で何かを為す時に現れる妙な高揚感を落ち着かせるよう努める。
 思いばかりが先走っては元も子もない。
 なので慎重に、呼吸も鼓動も鎮めて……。

「かぁああ……めぇえ……はぁあ……めぇええ……!」

 気脈に充実している氣を掌に集める。
 氣の全てではなく、凪に忠告されたように放ちたい量だけを千切るかたちで。
 そうして集まり、体外───掌へと切り離された氣は輝きを放ち、空へと放たれる時を今か今かと待っている。
 明命はそんな輝きに目を向け、やがて掛け声や気合いとともに放たれる光弾を───

「波ぁああーーーーーーーっ!!!」
「はうわぁーーーーーっ!!?」

 ───驚きの表情のままに、見送った。
 さすがにアニメのような音はならなかったし、光線のように放たれ続けるわけでもない。あえて言うなら操氣弾のようなソレが空へと飛んでいき、やがて見えなくなるまで……叫んだあとの俺達は、静かに見送った。

「…………《ふるるっ……!》」

 しかしなんだろう、この湧き上がる高揚は。
 抑えていた何かが弾かれるように自分の中で生まれては、俺に喜びという感情を与え続けている。
 そう……そうだよ。カタチはヤム○ャだったけど、出来た……出来たんだ。
 アバンストラッシュに続いて、ついに俺は───!

「あっははは! やった! やったぜ明命ーーーっ!!」
「《がばしー!》はうわぁああっ!!?」

 喜びのあまりに口調が変わるのもお構い無しに、駆け寄って抱き締めた明命を自分の体を軸に振り回した。
 出来た! とうとう出来た! かめはめ波! 及川っ、俺やったよ! フィクションでしかないと諦めていた夢を叶えることが出来たんだ!
 やばい! すごい嬉しい! めっちゃ嬉しい! なんかもう意味もなく“超”とかつけたくなるくらいに嬉しい! 繋げて言えば超嬉しい!
 そんな嬉しさを彼女にも伝えたくて、彼女が教えてくれたことに報いるように自分の氣で明命を包み、感謝の思いを伝えまくる。言葉ですら全て届けられないこの思い、今こそ届けとばかりに。
 人の感情ってのは氣ってものに影響するのか、ひどくあっさりと扱えた氣が明命を包み込み、それと一緒に自分自身の腕でも彼女をぎゅうっと抱き締めた。
 するとなにやら、くてりと明命から感じる力が消失し…………ハテと見てみれば、目を回してぐったりとしておられる明命さん。───ってまたですか!? 昨日もこんな感じで亞莎が目を回して! ……で、いつものパターンだと、ここに誰かが来てまた俺が誤解されるわけで。
 大丈夫、伊達にいろいろ経験してません。本当に。

「こういう時は───素直に逃げる!!」

 ちらりと見れば、予想通りに中庭から石段を登ってこちらへ向かう将数名。
 恐らくは空を飛んだ光のことを確かめに向かっているんだろう。
 そんな彼女らに見つかる前に背を向け、明命を抱き締めたままに逃走。体内に渦巻いていた氣が解放された分、少しは自分の思い通りになるようになってくれた氣を行使して、地面を蹴っていた。

「止まれ」
「キャーーーッ!!?」

 しかし僅か数歩で逃走劇は中断され、なんとか止まってみれば……曲刀を構えてらっしゃる思春さん。

「あ、あぶっ……! 止まれなかったら首飛んでたぞ!?」
「貴様の動きなど既に見切り済みだ。誤るものか」
「………」

 伊達に長い付き合いじゃないね、と言おうとしたけどやめた。
 むしろ見切られてる自分が悲しい。

「で、あの……な、なに? 予想はつくけど」
「訊ねることは二つだ。先ほどの光を放ったのは貴様か。そして幼平を何処へ連れていく気だ」
「………」

 庶人服のまま、以前ならば結わいていた髪をほどいている目の前の彼女。
 風が吹くたびに、さぁ……と揺れる長い髪が実に綺麗です。
 これで曲刀を人の首に押し付けてなければ大変眩しい光景だったのでしょうが。

「ま、まずひとつ……光を放ったのは俺。二つ目は……振り回しすぎて目を回しちゃったみたいだから、どこか落ち着けるところに寝かせてこようかと……」
「……貴様」
「《ヒタリ》ヒィ!? いや違うよ!? 俺の部屋とかじゃなくて!! ていうかなんでそういう考え方になるの! “貴様”としか言われてないのに解る俺も俺だけど!」

 ああもう本当に長い付き合いだよなぁもう!
 お陰で行動の一つ一つでも解ってしまえることが多くて怖いくらいだよ!
 解らなかったほうがよかったこともきっとあるでしょうに!

「で、えーと……逃げてよろしいでしょうか」
「だめだ」

 世紀末救世主並みの拒否速度だった。


───……。


 結局やってきた季衣や鈴々を筆頭とした皆様に最初から説明するハメになる。
 中庭に降りて、まるで教師のように教鞭ではなく指を振るい、きちんと。
 掻い摘むとあとあと厄介なことになりそうなので、それはもう事細かに説明した。
 胡坐をかいて座る足には明命が猫のように丸くなって寝ている。
 そんな彼女の頭をやさしくさらりと撫でながら説明会───

「ふむ。ようするに明命に欲情して抱き締めたと」
「全力で違いますよ!?」

 なのだが、聞いた人の一人である祭さんは、からからと笑いながらそんなことを仰る。

「だからっ、今は氣が安定してなくて、体の中に渦巻いてたそれを、ずっと前からやりたくても出来なかった方法で放つことが出来たからっ! 喜びのあまりに明命に、そのっ、だだ抱き付いちゃったって話でっ!」
「ほう? 欲情はせんかったか? 微塵もか?」
「してませんったらしてません!!」
「なにもそこまで断言せんでもいいだろうに……。ときに北郷、お主が思う明命の好きな部分とはなんじゃ?」
「………」

 この人平気で話題変えてきます。
 おおらかと言えばいいのか、自由奔放と言えばいいのか。もちろん後者だろうな。

「なんでいきなりそんな話なのかは解らないけど……そうだなぁ。素直で真っ直ぐなところがいいかな。こう……話してると安心するっていうか、いい意味で無邪気だよね」
「ほぉおう……?」
「……えと。なに? そのニヤァアアって笑みは」
「ならば興覇ではどうじゃ」
「思春? 思春は……気がつくと傍で見守ってくれてる安心感……かな」
「なんじゃ。そういうものは嫌がりそうなものだと思っておったが」
「呉から蜀、魏って旅をしてて、なんて言ったらいいのか……いつの間にか傍に居ると安心出来る存在になってました……かな? 曲刀向けられれば怖いし、悲鳴もあげる時もあるけど……」

 きちんと話を聞いてくれるのだ。
 問答無用で自由を奪うような真似はしないし、いろいろと理不尽な部分もあるにはあるものの、他の人達に比べてみれば無理矢理に押し通すような行動はしない、と思う。
 それらをひと纏めにして言ってしまえば、やっぱり“傍に居る安心感”なのだろう。

「だ、そうだが?」
「全てその男の世迷言です」
「ひどっ!?」
「わっはっはっ! どいつもこいつも素直でないが、恋する乙女をしとるのうっ!」

 にんまり笑顔で思春に話を振り、豪快に笑う祭さん。
 ちらりと思春を見てみれば、ギロリと返されて反射的に謝ってしまう俺。
 ……うん、情けない。

「あれ? でも、じゃあ思春って誰かに恋して《ツクンッ》はい黙ります」

 口に出した途端に目にも留まらぬ速さで喉に曲刀を突きつけられた。
 ああうん、こういう時ってとことん俺に発言権がないですね。

「にゃ? 恋する乙女ってなんなのだ?」
「へへーんだ、お子様なお前には解らないよーだ」
「むっ……なんかむかつくのだっ! だったらお前は解るのか春巻きー!」
「春巻きじゃないって言ってるだろー!? 言っとくけど、恋のことについてならお前なんかよりた~っくさん知ってるんだからなーっ!」
「だったら言ってみるのだっ!」

 季衣と鈴々の喧嘩も、迂闊に口を挟めば巻き込まれるのが目に見えているので無視。
 非道な男と笑わば笑え。猛将相手の喧嘩の仲裁がどれほど大変かを知るのなら。

「はあぁあ……」

 両手を挙げて降参したらようやく下げられた曲刀に安堵する。
 きちんと話は聞いてくれる。どう行動すれば許してもらえるかも解る。
 けれど、何度も何度も刃を向けられては落ち着けないのも事実でして。

「あのさ、思春? その曲刀を突きつける癖、直さない?」
「貴様にだけだ。問題ない」
「いやあるよね!? あるでしょ!?」
「かっかっか、なにをびくびくしておる。それだけお主が特別ということじゃろう」
「なっ……祭殿!」

 特別……特別って。
 あの。いつでも切り捨てたいほど憎まれてるんでしょうか俺は。

「っ……何を見ている。斬るぞ」
「や、斬られるのは困るけど……。さ、祭さぁん……」
「情けないのぉ……そんなもの、感情の裏返しじゃろうが。もっと男らしくガッとかかってみんかい」
「裏返しって───じゃ、じゃあ思春? 鍛錬の練習、付き合ってもらっていいかな」
「いいだろう。同意の上での立ち合いならば間違いが起きても言い訳が利く」
「祭さん!? この人俺のこと殺す気満々なんですが!?」

 言ってみても祭さんは暢気に笑うだけ。
 その笑いがどうにも気に入らないのか、思春は少しだけ祭さんを睨んでいた。

「おうおう、怖い怖い。しかしあの興覇がこうまで感情を露にするとは……興覇よ。お主……相当に入れ込んでおるな?」
「っ───!《ボッ!》」
「へ?」

 そっと思春に歩み寄った祭さんが、なにかを呟く。
 途端にバッと距離を取った思春は───どうしてか顔が真っ赤だった。

「ししゅ《がしぃっ!》……あれ?」
「鍛錬を始めるぞ……今すぐだ」

 胴着の襟首ががっしと掴まれた。
 そのままずるずると俺を引っ張り、拍子に崩れた足の上からこてりと明命が落ちるが、それでも構わずのっしのっしと。
 ぬ、ぬうなんだこのかつてない殺意の波動は……! この北郷を引きずる彼女の背に、まるで鬼のオーラが浮かぶようだ……! つか怖ッ! もう怒気どころか殺気にも似たなにかを感じているのですが!?

「あ、あの、思春さん!? たんれっ……鍛錬ですよね!? 鍛錬に殺気は必要無いと思うんですが、その……!」
「黙れ」
「だまっ……!?」

 一蹴であった。
 思わず祭さんに助けを求めたが、「女の憤りを受け止めるのも男の務めぞ」とあっさりと笑って返されてしまった。じゃあ女の務めって───と言いそうになって、途中でやめる。だって祭さんがニヤリって笑うんだもの。
 それに、結局のところ鍛錬を手伝ってくれるっていうなら丁度いいって受け取ればいいんだし……うん。そんなわけだから、喧嘩している季衣と鈴々、こてりと転がってしまった明命のことを祭さんに任せ、思春と鍛錬をすることになった。

……。

 そして瞬殺であった。

「なんじゃなんじゃだらしのない。随分鍛えておると聞いて期待していたというのに」

 芝生に仰向けに倒れ、ぐったり状態の俺を見下ろす祭さん。
 いえ違うんですと言ったところできっと聞いてくれはしないだろう。

「強くなるどころか以前より弱くなっておるじゃろう、これは」
「いろいろと問題がありましてね……」

 それも昨夜。
 いやぁ……まさか一撃も避けられずにクリティカルヒットするとは思わなかった。
 本当に瞬殺だったよ、情けないことに。

「氣の状態が変わったんですよ……それを今、体に馴染ませるための鍛錬をしてるところです」
「ふむ…………おう、なるほど。確かに感じる氣が変わっとるな」

 言いつつ俺の手首を掴んで引っ張ると、まるで布をパンと伸ばし広げるように俺を振るい、ドトンッと芝生に立たせた。
 いきなりのことにカクンと足が崩れかかるが、慌てて体勢を立て直して瞼を瞬かせる。

(えっ……えぇえ……!? 片手で人を立たせるって…………えぇえええ……!?)

 何者ですかあなたは───……呉にその人ありと謳われた猛将でした。はい。

「北郷、氣が安定せんのは解った。じゃが弓の方はどうなっておる」
「うぐっ」

 言われた言葉に返す言葉を失う。
 断じて言うが忘れていたわけではない。ないが、実力が伴わない。
 紫苑か秋蘭に習って弓を覚えるって約束だったのだが───結局のところ、てんで上手くなっていない。そのことを、出来るだけ穏やか~に説明して……みる、と……。

「ほう……? 儂の“命令”を。こともあろうに儂の最後の命令を破ったと?」

 途端に周囲の温度が下がった! 気がする! こっ……これはちょっとどころかかなり危険なんじゃないか!? でもちょっと待とう!? 俺だって練習したよ! したのに、全然上手くならなかったんだって! そればっかりはなんというかその、こちらもいい加減才能問題なのではと頭を抱えたい状態でございまして! ───ということを必死に説明すると、祭さんは大きな溜め息を吐いた。

「向き不向きはそりゃああるじゃろうがな。どれ北郷。ひとつ射ってみい」
「射ってみいって……祭さん、その弓どこから出したのさ」

 背中に手を回した祭さんが、弓と矢を取り出してみせる。
 それを言ってしまえば、愛紗のほうがイリュージョニストって感じはするものの、解らないものは解らない。本当にこの世界の住人は、いったいどこに武器を仕舞っておられるのか。弓ならまだしも、青龍偃月刀は隠しきれないだろうに。

「……えーと」

 グイと押し渡された弓と矢を持ち、苦笑いを返す。
 射ってみいと言われても、果たして祭さんが満足する射を見せられるかどうか。
 ……───違う違うっ、見せられるかじゃなくて、今現在の自分の力を見せればいいんだっ! 妙な見栄は張らなくていいから、多少は積んだ経験の全てを今、この射に託す!

「───……《キィイイ……───ィン……》」

 集中。
 体の中から射以外の意識を捨て去るつもりでまずは姿勢を正し、次に弓を手に矢を番え、離れた位置にある立ち木へと───

「シッ───!」

 ブンッ、と弦が揺れる音がする。
 矢を持つ手が戻されるのと同時に逸らした弓が、戻る弦の反動を持って矢を弾く。
 飛ぶ矢は真っ直ぐに立ち木へ。
 ドッ、と音を立て、文句のつけようもないくらいに立ち木の中心へと刺さっていた。

「……………」
「ほっ、なんじゃなんじゃ、口で言う割には中々やりおるではないかっ」

 後ろで祭さんが嬉しそうに言う中、俺の心は“ゲェーーーッ!”って言葉で満たされていた。何故って、こういう場面で大成功を治めると、あとの鍛錬でも“ソレ”を望まれるからでございます。
 あ……ぁああもう……! なにもこんな時に的中めいた刺さり方を見せることないのに……! 

「いや祭さん? 今のは───」
「おう、言わずとも解っておるわ。たまたま上手くいっただけだとぬかすんじゃろう?」
「えっ……あ、うん。ぬかすけど、本当に本当だからね? 今までであんなに綺麗に当たったことなんて───」
「解っとると言っとろうが、うだうだぬかすでないわ」
「だって祭さん絶対勘違いしてるでしょ!?」

 そりゃ刺さって嬉しいけど、素直に喜べない状況がとても悲しい!
 なので矢を抜いてもとの位置に戻り、もう一度番えて放つ。
 もちろん手は抜かずにきちんと集中して、中てるつもりで。
 するとなんの冗談なのか、またスコーンと刺さる矢。

「…………《ちらり》」
「♪」

 ちらりと見れば、両手を腰に当ててにっこりの祭さんが居た。
 まるで“染め甲斐がありそうな腕に育ってくれたものぞ”って感じに。
 ていうか……えっ!? なんで刺さるの!? むしろ中たるの!? 今まで全然ダメだったのに! 偶然にしたってあまりにもひどい! こんな時にばかり運がある自分が恨めしい!
 ───いや、違う。発想の転換だ。
 これはもしかすると氣の変化のお陰で別の方向にも集中の幅がついたのかも……!
 淡い期待を胸に、矢を抜いて戻り、集中して発射。それはあらぬ方向へと飛んでいき、茂みにサクリと突っ込んだ。「まあ……そうだよな……」と落胆とともに祭さんへと向き直ってみれば、じとぉお……っとこちらを睨んでくる始末。
 ほっ……ほら見ろ! 最初に上手くいくとろくなことになりゃしない! ビギナーズラックなんて大嫌いだ! どうせならもっと別の場で起こってくれればよかったのに!

「北郷。氣だけで体を動かしてみろ」
「エ?」

 心の神にどちくしょーと叫んでいると、そんな悲しみとは別の方向であろう言葉が投げられる。ハテ、と思いながらも、今日のうちに随分と馴染ませた“つもり”の氣を以って、体を動かしてみる。
 するとやはり、氣だけが先行し、体が後から引っ張られるように動くなんていう奇妙な感覚で動く体。
 そのことを祭さんに言ってみれば、「ほう」と感心された。

「祭さん? なんでそんな、珍しいものを見たみたいな顔で……」
「実際に珍しいからじゃ。北郷よ。氣の動きを抑えて体の動きに合わせる必要はない。むしろ体の動きを、先走る氣へ追いつけるように鍛えていけ」
「……? 氣の動きに体を?」

 言われている意味がよく解らない。
 というか、この体はどうにも成長してくれないそうなのですが。

「なにも言葉通りに体を鍛えろと言っておるわけではない。……むぅ……そうじゃな。たとえばほれ、糸で繰る玩具の人形があるとするじゃろう。今のお主がまさにそれじゃ」
「人形? ……え? 俺が?」

 人形……人形?
 俺…………ア、アイアムドール! いや待て、妙なところへ跳ぶんじゃない北郷一刀。

「人形って、どういう意味? ……はっ! まさか日々を魏のため華琳のためとか言ってたから、そういう意味で───」
「落ち着かんかばかもんが」
「ご、ごめんなさい」

 叱られてしまった。
 でも人形か。今の話のどこに人形っぽい要素が?
 まさか自分の体を自分の氣が操ってるから~って意味で───……そうかも。

「えと。つまり俺自身が俺自身を氣で操る人形使いって意味で?」
「おう。そしてお主はお主自身を扱いきれておらん。以前のお主のほうが、まだ扱えておったな」

 それでも氣に振り回されているようではあったが、と笑いながら言う。
 まるで出来の悪い息子を笑うような、仕方のないって感じの笑み。
 だからなのか、傍に来てわっしわっしと髪を掻き混ぜるように頭を撫でると、背中をバンと叩いてきてからもう一度笑う。

「氣の扱い方が振り出しに戻ったようなもんじゃ。ならば、妙な癖がつく前にまた叩き直してやればいい。どれ北郷、一丁もんでやる。かかってこい」
「えぇっ!? か、かかってこいって……」

 双方ともに素手ですがっ!? そんなゼスチャーをしてみても「構わん」と返ってくるだけだった。……うう、ええいもうどうにでもなれだっ!

「っ───せいっ!」

 持て余したままの氣を以って駆け、拳を振るう。
 だが軽く、まるで飛んできたハエを叩くかのようにパンッと軽く逸らされ、次の瞬間にはもう片方の手が俺の頭へとデシッと落ちていた。手刀である。

「前にも言ったじゃろうが……踏み込みが足りん」

 ぽかんとしているうちに突き飛ばされて、たたらを踏みながらも戻される。
 ……だったらとばかりにもう一度殴りかかるんだが、避けられ、はたかれ、逸らされ、躱され。どれだけ放っても当たらない攻撃に意識が散漫し始めたところへ、拳骨がゴヅンッと落とされた。

「いあぁあっだぁっ!?」
「心を乱すでないわ、ばかもん」
「くっは……っつ~~~~~っ……!!」

 まるでじいちゃんを相手にしているようなやりとりだと思う。
 けどまあ、とにかく。なんかもう意地でも一撃当てたくなってきた。
 集中は乱さずに、当てることだけを考えて……

「っだぁあーーーーーっ!!」

 殴りかかる!
 一撃目! 避けられる! じゃあ次! これもだめ!
 だったら次! 次! 次次次次次次ぃいいーーーーーっ!!
 ……………………ぼがぁっ!!

「いあぁあっだぁあーーーーっ!!」

 殴りかかり続け、また集中が乱れたところへゲンコツが落ちた。
 こ、この人どうかしてる! いくら猛将だからってここまで避けますか!? なんて言い訳をどうしようもなく言いたくなるほどにお強くていらっしゃる。
 当の祭さんはやれやれって顔で俺を睨むし……ら、落胆は解るけど、そんなあからさまに溜め息を吐かれるとちょっと悲しいです、祭さん。
 でもこの溜め息と視線は、どっちかっていうと落胆じゃなくて…………あ。

(そっか。じいちゃんがよくしてた目に似てるんだ)

 そういう時はきまって、俺が言われたことを出来ない時だったり───……あ。(再)

(……そうだったァァァァ!! 単純に殴りかかる鍛錬じゃなくて、これって氣の鍛錬だ! つか祭さん言ってたじゃん! 先走る氣の動きに体を追いつかせるようにって!)

 なのにただ殴りかかってただけだよ俺!
 そりゃあ氣も使ってたけど、さっきまでみたいに体に合わせて振るってただけだ!
 じゃあ、拳骨の痛みが段々と増してきていた理由は……えと。そのぉおお……?

「どうした。打ってこんか」

 片手で指をゴキベキ鳴らして、言葉とは裏腹にいらいらしてらっしゃる猛将がおる。
 あのぉ……祭さん? 目的変わってません? もう俺に拳骨落とすことだけに変わってません? もう逸らすよりも殴ることが目的になってますよね? そこでゴキベキ鳴らす意味、ないですよね?

(……うう)

 困った師匠を二人持った気分だ。もちろんもう一人はじいちゃんだ。
 溜め息を吐いて、それから空気を思い切り吸った。

(ん……)

 ……氣が先走るなら、その気持ちばかりが走ってしまうような場所まで、自分ってものを持っていく。リハビリ中の患者みたいな意識だ。
 思うよりも難しいことだろうが、やるべきことが解っているだけまだやりやすい。

(どうなるかなんて二の次だ。まずはやってみる。それを受け止めてくれる人へ向かう。余計なことは……この際無しだ)

 氣を練成。
 丹田に力を込めて、氣を充実させると全身に行き渡らせる。
 動作は小さく、行動は大きく。
 地面を蹴り、いつかのように一気に間合いを詰め───って、やっぱり体が遅れる! ……が、どうした! 遅れてもいいから構わず行く!

「……ふむ」

 対する祭さんはようやく退屈そうな顔を緩ませ、しかしながら氣の籠もった拳も軽々と叩き落とす。それは蹴りだって同じで、振るえば振るうほど容易く落とされた。

「ほれほれどうしたっ、てんで遅くて欠伸が出るぞっ」
「~~~っ……だったらいっそ本当に欠伸してほしいよっ、まったくっ……!」

 それなら少しでも隙が出来るってもんなのに。

(いや、とにかく集中! 当てることに集中して、一歩遅れて動く体をその集中に辿り着かせる!)

 振るっても振るっても、まるで見えない泥沼に体を押さえつけられているかのように、上手く動いてくれない体にもどかしさを感じる。いっそこの泥沼ごと振るえたならと思うほどにもどかしい。
 ……いつか、夢の中に居る自分が何かと闘っている、なんてものを見たことがある。
 その時もこんなふうに体が動かず、イライラが募って思い切る振るうと……その動作で自分自身が起きる、なんてことを体験した。面白い夢の中だと、どうにも体ってやつも反応してしまうらしい。そんなことを思ったいつかが、天ではあった。
 ……そんな夢も、ここ最近では見ていない。現実が楽しすぎるからなのか、見る余裕もないからなのかは解らないが……

「───! ふっ!《ガッ》」
「ほっ?」

 攻撃ばかりに意識が行っている中、振るわれた足払いに目を向けることなく足で押さえる。当てることを考えろ。その他の行動が邪魔でしかないなら、それを阻もうとする相手の行動も邪魔でしかない。
 泥沼は夢だ。
 視界に映らないものに惑わされるよりも、目に見える相手に届くことを考えろ。

「───」

 足払いを防がれたのが驚きなのか嬉しいのか、祭さんはニッと笑むと再び避けや払いに集中する。一歩遅れて出る行動は当たらないまま。ならば遅れるという奇妙な現象を利用した行動をとも考えたが、それじゃあ意味がないのを思い出す。
 そう。やることは一つ。氣に体を追いつかせて───当てる。ただそれだけだ。
 じゃあ体は成長しないのにどうやって追いつかせる?
 ……そんなもの、先走る氣ってやつで完全に自分ってものを操ってやればいい。動くのは自分。動かすのも自分。氣って糸で自分を操って、先走る糸の先へと突っ走る!
 
「はっ! だっ! せいっ! ふっ! くっ! しぃっ!」
「わっはっは、おうおう、さすがに体力だけは無駄についておるな。三日毎の鍛錬は変わらずにやっておったか」
「いろいろと問題もあったけどねっ!」

 体が成長しなくても、氣を満たした状態で動かし続けた体には気脈がみっしりと通っている。お陰で体を動かすことも随分と綺麗に出来るようになったし、筋力をそこまで使わないから乳酸が発生するのも遅い。
 だが、今はともかく体で使える部分はとことん使う。
 そうしても全てを避けられ、当たりそうになればぺしんと逸らされ、一向に当てることが出来ない。ならばと躍起になって、一層に氣が走る位置にまで意識を連れて行こうとするのだが───思うだけで届くのなら、人生苦労などしないのですとばかりに進展しない。

(歩けるようになった……早歩きも出来る。走れるようになったし、今はこうして拳も振るえる。少しずつ操ることにも慣れてきてるんだろうけど、まだ足りない……!)

 拳を振るう。振るう振るう振るう。
 もはや弾かれるのが当然、避けられて当然の状況ともなれば、相手の安全などは頭から消える。暴力のために力は振るわないなんて考えも無い、ただ当てることに集中した頭は、少しずつだが遠慮って枷を壊してゆく。
 届け届けとばかりに振るう拳は相変わらず叩かれ、逸らされる。
 突きも、手刀も、肘打ちや裏拳はもちろん、蹴りにいたっては逸らされると同時に蹴りの勢いを利用され、くるりと後ろを向かされて背中をどすっと蹴られる始末。

「ふっ! はっ! はぁああ……っ!!」
「お、おっ、おおっ?」

 重く、熱い息を吐きながらも放つ連撃は止まらない。
 自分の体力……この場合、操る氣の自由が続く限りに振るい続けるつもりで、体を動かし続けている。そう思えば、走る時にも体力を使うというよりは氣で体を動かしていたことは正解だった。

(速く───)

 普通の速度じゃ逸らされる。
 余計なことはいらない、当てることだけを考えろ。

(もっと速く───)

 速く? ならば加速を使うか?

(もっと───)

 行使。───逸らされる。
 しかし目に見えて驚いた顔をしていた。
 少し嬉しい。と、調子づいてもう一度放ってみれば、逸らすのと同時に頭に手刀を……割りと本気で落とされた。

(それでも、まだ───)

 早くではなく速く。
 以前よりもよっぽど満たされるのが早い輝く氣を用い、だらしのない体を加速にて無理矢理動かし、一呼吸で連ねること六撃。
 そのどれもが躱され逸らされ叩かれ弾かれ避けられ───最後に再び逸らされた。
 ならばとより速く、速く、速く───!
 そう、余計なことなど考えない。
 なんだかさっきから拳骨の数が減ったな、なんてことは考えず、ただひたすらに当てることだけを───!




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ネタ曝しです。

 *ヤム○ャ
 ドラゴンボールに登場する強くてワルいやつ。

 *だめだ
 「こ、ここまで教えたんだから助けてくれるよな!?」
 「だめだ」
 「てめぇにゃ情ってものがねぇのか!」
 や、
 「痛いか?」
 「痛い痛い!」
 「助かりたいか?」
 「助かりたい助かりたい!」
 「だめ」
 「ええっ!? そんな!」
 などがある。ちょっと違ったり混ざったりだけど、そんなに間違ってはいない。
 ケンシロウって悪よりもよっぽど悪してる気がする。悪人に対してだけだけど。
 あれで愛を題材にした世紀末物語だっていうんだから、何かがおかしい。
 でも大好きです。



 容量の都合により、次へ続きます。

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